Chris Watson: Field Recording Workshop

9月24,25両日、東京藝大馬車道校舎で行われた、フィールド・レコーディングの第一人者クリス・ワトソン氏によるワークショップ(平成21年度文化庁委託事業、主催:特定非営利活動法人映像メディア創造機構)に参加しました。「研究」という大義名分を離れての、ほぼ好奇心のみに導かれての参加です。
当日聞いたご自身の言にしたがうなら、ワトソン氏の職業は「サウンド・レコーディスト」。「アーティスト」という語は使っていなかったと記憶しています。

上記リンク先にあるプロフィールの詳細を、下記に引用します。

クリス・ワトソン(Chris Watson)
野生動物や自然環境における録音を通じてインスタレーション、映画録音、テレビやラジオ等、様々なメディアで作品を発表している。CD『Stepping into the Dark』は、アルス・エレクトロニカ・フェスティバル(オーストリアリンツで毎年開催)で優秀賞を受賞。BBC製作の自然環境系ドキュメンタリーや、シガー・ロスの映画作品『Heima』、ビョークやマシュー・ハーバートの音楽作品へも音源提供を行っている。西イングランド大学(ブリストル)は、彼の野生動物に関するフィールド・レコーディングに対して、名誉博士号を授与した。

1日目は講義形式、フィールド・レコーディングの技法に関する概論が、自身の録音を例としながら示されました。
フィールド・レコーディングに関する基本認識として、(1)場の全体像を小ダイナミック・レンジで捉える「アトモスフェア atmosphere」の録音、(2)主要な音へとより接近し、大きめのダイナミック・レンジで捉える「ハビタットhabitat」の録音、(3)個別の発音対象を捉える「フィーチャード・サウンド featured sound」の録音、これら三層の区別が提示され、そのそれぞれにおいてどのようなマイク・セッティングや機材選択(マイクは指向性か無指向性か、対象によるモノラル/ステレオの区別等)が求められるのかなどの技術的側面が、個別例に即しながら解説されました。また、針金ハンガーの両端にピンマイクをつけたステレオ・マイクなど、お手製の機材とその用途の紹介もされました。

2日目は受講者各人が録音機をたずさえての野外録音実習。出発前に、サラウンド録音のためのマイクの収録原理や簡易サラウンド録音の方法、また水中録音のためのハイドロフォンの特徴や使用法など、特に技術的側面についての解説がありました。
実習では、事前の解説を踏まえ、2台のステレオ録音機を用いての葉擦れの音のサラウンド収録、ハイドロフォンによる横浜港の水中音の収録、MS方式のサラウンド・マイクによる水音(水面上から)の録音など、機器システムに応じて各種の録音が行われました。
録音の成果は、馬車道校舎に戻った後、会場に設えられた4チャンネルのシステムで再生、受講者全員の耳で実際どのような音が録れたのかが確認されました。ハイドロフォンで録られた水中音に、現場では全く耳に入らなかったフェリーのスクリュー音などがはっきりと聴こえるのが印象に残りました。また、私自身が同型の録音機を持った受講者の方とペアになって2台(4チャンネル)で録った葉擦れの音も、再生してみるとそこに風の流れをはっきりと聴き取ることが出来ました。私の録音機(SONY PCM-D50、本体付属のステレオ・マイクを使用)に記録された2チャンネルの音声のみアップしておきます。いかにも「ただ録音スイッチを押してみました」といった感じで、4チャンネル再生で感得された効果が大きく減殺されているさまを確認できると思います。
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両日を通じ、総じて印象に残ったのは、「録ることの基本は、まずは聴くことから」というワトソン氏のことばと姿勢です。これは、あたりまえのこととはいえ「行うは難し」というべきポイントだと思います。録音データを大量に収集しても、それだけでは何の意味もない。まずは場へと耳を開き、その場に存在する多様な音を虚心坦懐に聴きとってゆくこと。そして、そこから録音すべき対象を選択し、それをどのように(すなわち、atmosphere/habitat/featured soundいずれとして)定着させるかを意識して、録音という行為へとおもむくこと。講義でも実習でも、穏やかな口調ながら強調されていたのはこの点でした。上掲の録音において、葉擦れの音をhabitatとして収録しているつもりが、やや離れた海上を行くフェリーのたてる低い唸りや、近くの博覧会場のPAから流れてくる歌声がそれらをマスクしてしまっているのを聴き取ることが出来るとおもいます。このような収録結果には、私自身の「まず聴くこと」の至らなさがある程度反映しているというべきでしょう。参考までにもう1点、私が「コンクリートの埠頭に波が寄せる様子」をhabitat的に収録したつもりの音源もあげておきます。
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両日ともに、質疑の場では「マイクのメーカーと型番は?」といった技術寄りの質問が複数あり、それに対しワトソン氏はたいへん丁寧に答えていましたが、おそらく、そうした知識が偏った「スペック至上主義」に向かってしまうことには大いに懐疑的なのではないか、と個人的には感じました。サンプリング・レートの設定に関する受講者の質問に対し、「192kHzでの録音は特別な場合を除いて行わない。96kHzとの有意味な差があるとは思われない。」と答えていたところに、この点は如実にあらわれていたと思います。逆に、「機材に関する知識の伝授」を期待する複数の受講者にとっては、物足りなさが残ったのではないか?とも思われましたが、使用のコンテクストから遊離した状態でニュートラルに「よい機材」なるものは存在しない、ということを言外に伝えていたようにも感じます。

問題は客体化された機材の使用ではない。そうではなく、いかにして「録音機材-人間」というman-machine、あるいは大袈裟に言えば「聴覚機械の怪物」への変化を怖れずに遂げてゆくか、にある 。 このことを、平明な語り口と豊かな身体所作をもって教授された2日間だったと思います。多くの受講者にとって有意義であったろう、この機会をコーディネートされた、東京芸術大学大学院映像研究科の森永泰弘さん(サウンドデザイナー)に感謝します。

実践から離れて「音をめぐる認識」という観点から関心をひいた点として、ワトソン氏が自然に用いる「見えざる音 unseen sound」「パースペクティヴ perspective」といった視覚的タームが、録音実践においていかなる含意を有しているのか?といったことや、録音レヴェル等に関する「主観的判断」(主観的subjectiveという語を何度も用いていました)を、ある「間主観的」なものとして確信させるポイントはどこにあるのだろう?といったことが挙げられますが、これはまた自分の問題として整理し、考え直してみたく思います。

「穏やかな耳の怪物」としてのワトソン氏の録音は、下記のCDほかで体験することが可能です。再生冒頭、眼前に現れるメスライオンの唸りに瞠目(瞠耳?)してください。

Weather Report

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